定例庭先会議 vol.2 レポート

庭ビルに移転が決まってから、庭先会議を立ち上げた。主に面白いことを企む部門なのだが、何やらサロンのような感じで、ご飯を食べながらおしゃべりしている。月一回の定例で、参加は自由。昨日は、その2回目の会議は、市内某所の開かずの店で開催された。テーマは韓国絵本。ゲストを迎えて、絵本も面白かったのだが、「わらべ唄」でもひどく盛り上がり、今尚興奮冷めやらぬ状態なのである。

庭先会議は、いま赤ちゃん絵本を一つの軸におしゃべりしている。唐突であるが、「赤ちゃん絵本」というジャンルは日本が超最先端なのである。赤ちゃん絵本の歴史はそう古くない。およそ20年くらいしかない。それまでは、赤ちゃんは絵本を楽しむということを大人は気がついていなかったのである。他方、諸外国では、乳児に絵本を読むということがさほど必要ない様子。なんでだろ?

この問いへの一つのアプローチとして「0.1.2.えほんが受け入れられたその社会/文化的土壌」を考えてみたい。〜でも、このまま続けると長くなるので割愛/中略〜 ブックスタートを始め、日本では乳児期に「親と子の絆」をつくるために絵本が活躍している。親子の心地よい関わりをつくる絵本、親子の関係を取り持つ一つの媒体としての機能が重視されているし、私自身もその必要を強く感じている。

「ん、重視されてるってことは、そこが弱まっているからじゃないか!?」

おそらく、そうなのだろうというのが私の実感。乳児を取り巻く環境を、隣国、韓国と比較するだけでも「目から鱗」なことばっかり。色々な前提が違いすぎて新鮮だ。そこには親や祖父が通ってきた歴史や体験、家族との絆の違い、そこに語り継がれてきた文化や伝承の厚み。自分がどこに立って、何と向かい合っているのかを改めて考えさせられた。

さて、日本はこれまで何を積み上げてきたのか?そして、これからどうなるのだろうか?

Susumu Fujita

20代から庭とこどもと本にとりつかれ、いまだその間を行ったり来たりしている。学生の時は旅人に憧れながらも、卒業後、土から離れられない農民になり、鶏と豚と野菜の中で過ごす。その後、札幌に戻り、絵本屋になる。庭プレス、ひげ文庫主催。